今日はまた先日見にいったもう一つの展示会について書こうと思う。

今回見たのはこちら。
20世紀のはじまり ピカソとクレーの生きた時代
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前に書いた藤田の個展ほどの感動はなかったのかこちらを後に見にいったのに関わらず、あまり作品の記憶がないです。

作品の内容的はというと前半には
マティスなどのフォービズム(野獣派)の作品、
大好きなシャガールの作品もあり、
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ドイツ人作家達による戦時中の悲愴感や反政府感をむき出しにした作品もあった。
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そして直感的なフォービズムの後にはピカソとブラックが発展させていったキュビズムの作品群。後期印象派であるセザンヌの「自然を円筒形、球形、円錐形として扱いなさい」という考え方を受けて彼らは直感的なフォービズムとは異なる非常に理性的で学問的展開によって新しい表現の方法を模索していったらしい。
以下は展示されていたピカソの作品。
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彼らの作ったキュビズムと言う表現方法は、キャンバスと言う二次元に三次元である現実世界を表現するために一方向だけから見えるものだけでなく、様々な方向から被写体を観察しその部分も本来見えないはずではあるが分解し、そして構成する。そうして二次元に三次元を表しているのだという説明だった。(気がするが確証はない)

分解し再構成するという行為の中で、現実と絵画に書かれた世界をも分解し再構成するすなわち絵の中に現実のものを取り入れるという展開もピカソは行いそれがコラージュへと発展していったらしい。

それは成程納。

しかし僕の考える、キュビズムが現実の分解と再構成を行うことで、作者の目に映り感じる世界やその感情と言うただ写実することで表現できないような目には見えない内面的なものを表面化するための技法ではないか?ということは書かれていなかった。もしかしたらそういう考え方は当たり前だから説明しないのか僕の感じ方がおかしいのかは分からないが、あれは単なる表面的な表現技法ではないように僕には感じる。

キュビズム以降の展開としてより内面的な世界を描いたシュルレアリズムへと発展したというのはキュビズムをそういう風に解釈してからではないのであろうか?

つまり目に見える世界を分解し再構成することで内面世界を現実世界に混ぜ込むと言う技法。

それを受けてのシュルレアリズムはまさに上記した方法を使って世界を分解し再構成することで内面世界を現実世界に混ぜ込み作者の感じるままを表現しているように感じた。

だからどことなく現実世界的なものもあるが、見たこともない不気味なSFのような世界が表面化したのだろう。あれは頭の中に浮かぶ風景。

理解できるわけがない。
シュルレアリズムの世界は理解せず感じるしかない
まさに『Don't think .Feel』

絵画においても描こうとする対象が風景や人からそれに感情などを盛り込んだ世界、
そして内面世界へと対象が変していた。無限の可能性を秘める精神世界へと。

それは僕の大好きな音楽と驚くほど同じような展開のされ方をしていると思う。
美しさを追求した音楽から、不協和音の可能性、無調の可能性、精神世界の追求。

そんな風に感じられた展示会でした。


しかし、シュルレアリズムの作品はどれも理解出来る域を物凄く超えているのでこの作品は何を表しているんだろう?これは何だろう?と考えながら見る僕にはまだまだ難しい世界でした。おかげで見終わったあとはぐったりでした。(おかげで後半のクレーの説明はなし)

あと音声ガイドは説明して干欲しいようなところはをあまり詳しく説明せず、あれ説明終わり?って感じによくなりました。頑張って作った人には申し訳ないですがあれはあまり薦めはしません。

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