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Author:さとし
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2009.
11.
10
05:56:48
友人に連絡が付かなくて困るからと、再びSNSに勧誘される。
あまり独りでいてもしょうがないなと思い、 某SNSに登録しなおした。 でも最近独りの時間が取れないなと感じているので少し躊躇いがち。 それゆえこのブログは独りでいられる場所なので置いておくか、破棄するか躊躇いがち。 どうするか。
2009.
10.
28
04:58:39
先日僕が企画して、研究室の皆と一緒にディズニーシーにいった。
![]() 去年、今年の前半もディズニーランドへ行った。 僕の研究室は比較的皆仲が良いのだと思う。僕が学部生の頃は今年三月に卒業されたディズニー大好きな先輩が率先して行こう行こうと企画してくれたのだが、今年は皆行きたい行きたいとそれぞれが心の奥でひっそりとでもワクワクしていただけで誰も企画せず、僕に至っては実験のことばかり考えていてすっかり忘れていたのでなかなか行けなかった。 学校の生協でディズニーリゾート・ハロウィンキャンペーンのポスターがあり思い出し、今年も皆で行かない?って誘ってみると皆待ってましたと喜んでくれた。 まずは思い出させてくれた、ディズニーリゾートのポスターに感謝。 そういえば少し前に研究室対抗のソフトボール大会に参加したときも同じようなことがあった。打ち上げで二時間ほど皆で食事をしお酒を飲んだ後に皆すっと帰ろうとしていたが、それぞれが心の奥でひっそりともう少し楽しみたいなと思っていたし、僕に至ってはそこで帰る気など毛頭なかったので「カラオケでも行きませんかー?」と誘ってみると皆待ってましたと喜んでくれた。 皆色々なことがやりたいなと思っているけれどもどこかにブレーキがあってそれ故に口から出さないのだと最近感じる。そしてそれを思い切って外してあげる人が必要なのだとわかった。 ちょっと違うかもしれないが、それがリーダーの資質の一つではないかと思う。 皆の心の奥にひっそりとあるものをすっと読み取って、行動を促す力。 皆と一緒に何か喜びを共有したい、何かをやり遂げたいと言う気持ちがこの頃小さな温かな太陽のように僕の心の中で光を放っている。前からそう思っていたが、今は温かく僕の中に存在するようになった。その温かい気持ちを実行し一番の幸福感を得られるのは、皆のリーダーになることなのではないかと思う。 僕の追い求める環境改善は、皆が楽しく幸せでいられる空間をつくること。 それは、僕だけの欲求ではなくきっと皆喜んでくれる希望と一致しているのであろう。 そうか、僕がリーダーになれば良いのか。 僕が皆を引き連れて行けば良いのか。 僕が幸せを作り出せば良いのか。 そんな風なことを、ディズニーシーで感じた。 この気付きは大きい。 ありがとうディズニーランド。 ありがとうミッキー。 ![]() 心残りは大好きなバズライトイヤーに出会えなかったことただそれだけ。 次はバズに会いに、ディズニーランドに行きませんか?と誘ってみよう。
2009.
10.
13
23:55:46
論文を読んでいる。英語の論文である。
自分の研究テーマではなく先輩のお手伝いもかねて、先輩の担当するタンパク質に関する論文だ。 まだかなり新しく発見されたものなので情報量が少なくどういう機能なのかかなり分からないが、それだけに色んな考えが浮かんでかなり面白く感じる。 大学院のほうに入学してからかなり他人の研究にも口を出すようになってきた。 基本的にはかなりおせっかいなのだ。 こうやったら、今までのデータとの互換性もあり卒業時には綺麗にまとまった結論まで持っていけるのではないか?それにはこんな論文のデータがあるからこれらを参考にこういう実験系を組んだらどうだろうか? そんな風に先輩後輩関係なく、皆に色々提案している。 それどころか先生にも自分の研究課題外のことにもかなり拡大させていろいろなことを提案したり、実験系を提案したりしている。しかも大抵の場合、しっかりと説得出来て了承されることが多いし、この頃は先生からも色々な提案が来るのでさらにわくわくする。 自分の実験系は一年以上も上手く行かなかった。 材料を綺麗に取ってくる段階でどうしても一つとれてこなかった。一年以上試行錯誤を繰り返しうえ、見切りをつけて新しい別のアプローチ方で実験を進すめたおかげで、今かなり波に乗っている。しかも苦難中に学んできたノウハウや知識が今凄く役に立っているのが嬉しい。 でもそれ以上にそれが自分の実験系だけではなく、他の人の役に立てるのが凄く嬉しく感じる。 だからおせっかいに自分の膨大な実験に加えて、先輩や後輩の実験も手伝う。 そのなかで自分の知識、考え、提案がそれが自分以外の人の役に立つのが凄く嬉しく大きな喜びを感じる。 以前から思っていたがやはり、自分の知識や考えが他人の役に立つと言うのがやはり一番の幸せに感じられるから、それがより大きく感じられるようにしていきたい。 今一度このことに関しては自分を見つめなおしてみようと思う。
2009.
09.
22
23:21:07
この頃フォーレを良く聴く。
とは言っても、音楽自体を聴く時間が以前に比べて物凄く減ってはいるが、その中でフォーレを良く聴いている。レクイエムも聴くがやはりピアノ曲が中心だ。特にフォーレの夜想曲は優しく、心にしみこんで、うっとりさせてくれる。 あんなに大好きだった音楽が今は体から蒸発してしまったのかほとんど失われてしまった。 それと同時になんだか心も空っぽでいつもぼーっと過ごしている。そう思うと音楽と言うものが凄く自分の一部だったんだなと思えるが、何故かやはりやる気が出ない。ピアノを弾く気がしない。 フォーレを聴いてうっとりするという感覚も以前の、音楽に対する感動とはちょっと違う。 心動かされるのではなく、染みる感じ。 そのかわり、以前にも増して本ばかり読んでいる。 恐らく空っぽの心に少しでも何かを満たそうと言う欲求からそうしているのではないかと思う。 体がそう望んでいるのだからしばらくは自然に身を任せて音楽からは身を引き、今は活字に埋もれてみようかと思う。 最近読むのは、トーベ・ヤンソンと川上弘美さんの作品ばかりだ。 普段は非常に理論整然とした世界にいるせいか、難しくなく流れるように身を任せられる作品を好むらしい。それがいまはこの二人の世界だ。 トーベ・ヤンソンの描く、ムーミンの世界は居心地が良いだけではなく大人が読んでも面白く、為になる部分も多く書かれているのが気に入って良く読んでいる。そして誰にでも優しく、おおらかでそれでいていつもマイペースなムーミンママの優しさにうっとりする。 一方、川上弘美さんの作品は読んでいて非常に面白い。 エッセイなどは読んでいて非常に面白くわっはっはと笑ってしまうものも多い。 この人の作品は、一体これはなんの隠喩であろうか?意味が分からない。と言う風に難しくとってしまう人には楽しめず、子供のように目に見えるものをそのまま受け入れる人にはかなり面白いと思う。 そんな自由な作品が心地よく、読んでいてうっとりする。お気に入りは短編小説の「消える」。「蛇を踏む」や「神様」も楽しい。 最近では、そんな彼女達の文字の中で日々もぞもぞと生きている。 そして時折素敵な文章に出会ってうっとりしている。 最近はずっとそんな感じ。 たぶん今はそういう時期なのだろうと思う。 そういう時期があるのもまぁ面白いかなーと思うのでムリに頑張らず日々を過ごそうと思います。 あとこのブログは今年いっぱいは続けるが来年以降は、閉じてしまって手記にしてしまおうかなとも思う。 独り言ばかりだし、特にレスポンスがあるわけでもなくそれを人に見てもらうのも申し訳ないと言うのがまず第一に理由。 漢字が弱いので手記で書きながら少しでもそれを克服できればいいなと思うのが第二の理由。 営業目的やいらぬ一方的な啓蒙的内容や自分の宣伝ばかりするブログの方のアクセスがかなり多く、そういう方に全く興味がないばかりか、そこまでして売り込みたいという人たちに出会うことで、そんな人ばかりいる世の中にがっかりしてしまう機会が多いのでそれが少し苦痛なのが第三の理由。(もしこれを読んで思い当たる節がある方は、少し自問していただきたい。) 第三の理由が特に強い。 彼等のせいでこの向こうにいるのは人間ではなく、金儲けの単なるシステムやプログラムでしかないのではなかとしか思えなくなってしまう。それが嫌なのだ。 僕はもっと人間的な匂いを追い求めたい。 だからいずれここからいなくなろうと思う。 とりあえず様子を見ようと思うが、こんなことならSNSでひっそりやっていればよかったのかな〜と思ったりもするが今となってはまさに後の祭り。 本や音楽の中には人間的なものが溢れていてそれを感じられるのに、この向こうにはそれを感じられない。この奥に、本当に人間はいるのであろうか。
2009.
09.
12
01:08:49
最近、よく泣く。
ショパンのバラード四番を聴いては泣き、徳永英明のレイニーブルーを聴いては泣き、 Mr.ChildrenのHANABIを聴いては泣き、フォーレのレクイエムを聴いては泣く。 普段は、一生懸命真面目に学業に勤しんでいるので誰もそのことには気が付かない。 感情を奥のほうへ隠すのが凄く上手で誰も気がつかない。 いつだって目の奥では悲しいのに誰も気がつかない。 かなしい、さびしいのに真面目に毎日実験して、ピアノの演奏会に出る、その変に器用なところが、またかなしい。そのせいで誰も気がつかないのがさらにかなしく、さびしい。 何をやっても全てがかなしい、さびしいへと向かう。 原因は、数年ぶりに付き合った女性と別れたせいだろう。 前に付き合った人と別れた時は、本当に悲しく独りで部屋に篭って、酷い自己嫌悪の日々に陥った。 でも今回は緩やかにかなしく、さびしい。 たぶん今年いっぱいはそうなるんだろうなって感覚的に分かる。 前の人に出来なかった分も、一生懸命愛して、一生懸命大事にしようと思ったのに出来なかった。 何も成長していなかった。彼女の為に何も出来なくて、結果的に辛い思いをさせてしまった自分が凄く嫌になった。そのせいでどんなに前向きになろうとしても自己嫌悪へ陥り、ここ数年頑張ってきたものがポロポロと消えうせ、自信も全て消え、こんな僕に幸せに出来きる人はきっといない、そんな風に考えてしまう。 それは激しいものではないが、ネトネトと泥のように絡みつき僕をかなしい、さびしい沼へと引き込む。でもそこから出る気力すらない かなしい、さびしいが数ヶ月も続いているせいか、 かなしい、さびしいを経て、全てが無色で、全てが無味に感じられる。 そんな日々を過ごしている。 家に帰って暗闇にいるとかなしい、さびしいが周りを囲み、色濃くなり始めるから、お酒を飲んで気持ちをごまかして寝るような日々を過ごしている。 今日もかなしい、さびしいが隣で濃くなる前に寝てしまおうと思ったら、大阪に行ってしまった仲の良い友達から電話があった。なぜこんな僕と友達になってくれたのか分からない、自分とは対照的な太陽のように明るい友達。 わかんないことあるから一緒に考えてくれないかなという内容だったけど、色々近況を話したり(かなしい、さびしいは話さない)し、いっぱい笑った。久しぶりに思いっきり笑った。 その時、悲しさも寂しさも少しだけ消え、少しだけ世界に色が戻った気がした。 2時間くらい話して、今度帰って来るから一緒に飲もうよと約束してくれた。 ネトネトとした暗い沼にいる、自分に太陽のような彼はキラキラと輝いていた。 夏の太陽のようにキラキラとしていた。 今なら心の奥のかなしい、さびしいと少しだけ向き合えそうな気がする。 |
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